1933年（昭和8年）3月、藤山は東京音楽学校を首席で卒業した。
1958年（昭和33年）6月、藤山はロータリークラブ（東京西ロータリークラブ）に入会した。
数十年ぶりクラシック音楽の増永丈夫と大衆音楽の藤山一郎を披露した。
1992年（平成4年）5月28日、藤山は国民栄誉賞を受賞した。
藤山の遺品は遺族からNHKに寄贈され、NHK放送博物館の「藤山一郎作曲ルーム」に展示されている。
1924年（大正13年）春に慶應義塾普通部に進学した藤山は、同校の音楽教師を務めていた弘田龍太郎（東京音楽学校助教授）にピアノを習い課外授業に参加するなど[† 3][† 4]音楽に励む傍ら、ラグビー部に入部して運動にも打ち込んだ。
