これは当初設定の工区では小野上北工区を完全に含み、四方木工区の大宮方130 mまでをも含むもので、総延長は4,720 mとなった。
高山工区は当初計画では大宮起点109 km200 m地点から112 km100 m地点までの2,900 mを担当することになっており 、109 km460 m地点の下り列車に対して本線右側20 mの離れの地点に立坑を建設して取りついた 。
457.8 mまで掘削した1974年（昭和49年）9月27日に切羽（トンネル工事の先端部）が崩壊し大出水事故を起こした。
四方木工区は当初計画では大宮起点106 km300 m地点から109 km200 m地点までの2,900 mを担当することになっており 、107 km734 m地点の下り列車に対して本線左側20 mの離れの地点に立坑を建設して取りついた 。
