翌7月17日から区間運休し、旧橋梁の解体撤去作業が開始され 、新旧切替工事が8月11日まで行われ 、2010年8月12日から新橋梁の供用が始まった。
橋梁建設案の選定後に橋梁形式が検討され、両側を築堤にして間をトラス橋で結ぶ案、全体をトラス橋にする案、プレスド拱橋にする案、カンティレバー式橋梁にする案、拱橋にする案、トレッスル橋にする案などが比較されて、トレッスル橋が選定された 。
常時保守（塗装による腐食防止と劣化した小部品の交換などの補修）が必要であったため1917年（大正6年）から1965年（昭和40年）[注釈 5]まで「鉄橋守」「橋守」「橋守工」と呼称される工事工手 が常駐して維持管理を行っていた。
また事故後毎年12月28日には法要が営まれてきたが、2010年（平成22年）12月28日、25回忌の節目となったことと、新橋への切り替えが行われたことから、遺族会による最終の合同法要が行われた 。
第3号橋脚と第4号橋脚の間を長谷川が流れており、第4号橋脚と第5号橋脚の間を国道178号が通っていた。
1911年（明治44年）5月から橋脚の組立作業が始まり、東側の第1号から順に、10月上旬までの約5か月間で組立作業が行われた。
