この時代の建築事情は、プロコピオスの『建築について』(De aedificiis) や現存する建築物、ハギア・ソフィア大聖堂やハギイ・セルギオス・ケ・バッコス聖堂、ハギア・エイレーネー聖堂などによって知られる。
何より、この時代の東ローマ帝国はハギア・ソフィアのような大規模建築物を建てられるような国家体制ではなく、建築的関心は修道院の教会堂建設に向けられていた。
ハギア・ソフィア大聖堂やハギア・エイレーネー聖堂で試みられたような、バシリカとドームを融合する形式は古代ローマの世俗建築においてすでに確立されていたが、ビザンティン建築の歴史の中で一般的形態として確立されるのは6世紀頃である 。
ユスティニアヌス時代の建築はビザンティン建築の始まりであるとともに、世界帝国ローマの、そしてローマ建築の技術的可能性の最終局面であるといえる。
すでに初期ビザンティン建築の項で説明した通り、初期のキリスト教徒は礼拝用建築物の雛形としてローマ建築のバシリカを採用した。
これは、ローマ帝国から受け継がれた高度な建築技術によって完成したものであり、初期ビザンティン建築の傑作であるとともに、ローマ建築の技術的な最終到達点であるといえる 。
